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螺旋(2/8)

新しい会社として船出をしてから3週間も経つ頃には
以前から手掛けていた物件も一通り完了し、課本来の物件が手元にやってくるようになった。
複数の大手デベロッパーを顧客に持っている為、各々の仕様書を読み込むところから業務は始まる。
設計作業自体はそれほどでもないが、分厚い決まり事と頻繁な設計変更、タイトなスケジュールが
集合住宅設計の厄介なところなのだろう。
勝手が違う流れに戸惑いながら、使えない奴、というレッテルを貼られまいと気負いが大きくなった。


「こんなに人工かかりますか?出せても精々半分です」
新体制になり初めて任された高層マンションの設計業務。
元同期の事務所から上がってきた見積書を見て、福森課長はそう言って書類を突き返してきた。
「これだけの規模で、幾らなんでも半額は無理でしょう」
同一敷地に立つ2棟のマンションはいずれも30階を超える高層の建物で
住戸タイプ数は50種類にもなり、図面枚数も半端無い数だ。
おまけに、壁面太陽光発電を導入するということで、幹線経路はより複雑になる。
「今回、予算が厳しいんです。意匠にだいぶ持ってかれてますから」
「それは分かりますが、規模に見合った金額ってものがあるんじゃないですか」
打合せ机に並んだ図面を手に取った上司は、一つ息を吐いて、俺を見た。
「この物件では、どうしても、赤は切れません」

席を立った彼は、自らの机の上から名刺入れのファイルを手に取り、一枚名刺を抜き取る。
「ここに、連絡してみて下さい」
手渡された名刺には、エルテック設備設計という社名と、社長と冠された男の名前が記されていた。
社名を見るのは、初めてではない。
以前、破格の値段に釣られて仕事を依頼したは良いが、直前でお手上げの状態になり
結局、他の事務所に金額を上乗せする形で引き継いで貰ったことがあった。
その時に営業をかけてきたのも、確か、この男だったはずだ。
「ここって・・・」
「馴染みの所です。言い値でやってくれると思いますんで」
もちろん、その会社とは取引停止となり、以降、改心したのかどうかも興味は無かった。
「こんな所と付き合いがあるんですか」
思わず口を衝いた言葉に、福森課長の表情が僅かに険しくなる。
恐らく、彼だって件の会社の体たらくは身をもって知っているはずだった。
「香椎、良いから課長の指示に従え」
何かを言いかけた目の前の上司に代わり、傍で見ていたであろう安住さんの一言が飛ぶ。
「すみません、次は、そちらにお願いしますんで」
「・・・分かりました。こんな値段で頼んだら、私の信用も落ちますしね」

無愛想な声で応対した男は、まさに名刺に書かれた人物だった。
苛つきながら福森課長からの紹介だと言うと、その態度は一変し
物件の概要もそこそこに、憐れな程に媚びへつらった口調で、あっさりと言い値を飲み込む。
「では、さっそく打合せを・・・」
豹変した口調が耳に入ってくる度に、嫌な予感が徐々に膨らんだ。
「夕方の4時ですね。はい、お伺い致します。何卒、宜しくお願い致します」
電話の向こうで会釈でもしているのであろうノイズが、初老の男の声を霞ませる。
ああ、あの時もこんな感じだったなと、減給処分を喰らった失敗が蘇る。
何も覚えていないらしい先方の口調が、更に鬱憤を大きくさせた。


「半額?んなもん、できる訳ねーだろ」
ビルの1階にある喫煙所で根来に事の顛末を報告すると、間髪入れず答えが返ってくる。
「これ以上、出せねぇんだとさ」
「じゃ、何?自分でやるって?」
「いや、半額で受けるっていう所があって、そこに」
「そんなの、どんな図面上がってくるかわかんねぇぞ?」
設計期間は4月中旬から、GWを挟み5月末までの実質一ヶ月あまり。
数回の設計変更、デベロッパーとのデザインレビューを経て、確認申請提出は7月頭とされている。
マンションの売出し広告は申請が下りないと出すことができない為、スケジュール厳守と言われていた。

福森課長がエルテックに仕事を依頼するのには、それなりの事情がある。
大学で電気設備を学び、城南総合設計に就職した彼は、当初一人で電気設備を統括していた。
別事務所に回していた設備設計業務も含めて一括で受注する為、突貫で作られた部署。
そこに据えられたのが、新卒の社員だった。
教えを乞う先輩もおらず、日々積み重なっていく図面を遮二無二こなしていく。
なかなか下請けの事務所を開拓できずに焦り、限界を感じ始めていた時
電気工事業を営んでいた祖父の伝手で紹介されたのがエルテックだった。
実力が及第点に達していないことは初めての依頼で明らかだったが、彼にはここしか救いがない。
途中で音を上げたことは一度や二度では無いらしく、その度に自らフォローに回り、乗り越えてきた。
やがて、人員が補強され、事業も軌道に乗るようになってきても
恩を忘れる事はできず、未だに予算が厳しい物件では使っているのだと言う。

「危ねーな、そういうの。いつか取り返しつかないことになるぞ」
冷静な元同期の声で、若干の溜飲が下がる。
「ま、責任とんのは、俺じゃねぇし」
「お前だってとばっちり食うだろ」
「良いよ。そしたら、課長に、フォローして貰うから」
「何だ?年下課長がそんなに気に食わないか」
「そういう訳じゃ、ねーけど」
気に食わない気持ちは、確かにある。
上手くいなせなかった自分への歯痒さもある。
「それとなくアドバイスしてやったらどうだ?懐の深さ、見せてやれよ」
他人事として笑って話す根来の声に宥められながら、フィルターまで燃え尽きた煙草を灰皿に投げ入れた。

□ 89_螺旋 □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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