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覚醒★(2/6)

「飛行機遅れますよ?」
朝からの打ち合わせが長引き、やっと戻って来た会社では急用を告げる電話が3本。
必要な書類や図面は後輩がまとめていてくれたが、ここに来てメールが飛び込んで来た。
「あと・・・5分、待ってくれ」
「オレに言われても。羽田ダッシュは決定ですね」
「それは勘弁だな・・・」

歳を取ったことを言い訳には出来ないのだろうが、ここ最近、体力の低下が顕著だ。
ちょっと走ると、すぐ息が上がる。
心なしか、腹も出てきたような気がする。
当たり前のように細身のスーツに身を包む若い社員を見ると悔しくなるってことは
俺もまだ、諦めてはいないと言うことなんだろうが。


「ネクタイ、無くて良いですよねぇ?」
モノレールの下に流れる運河を眺めながら、面倒くさげな後輩の声を聞く。
細いラインの入ったボタンダウンのワイシャツを着た彼は、袖を捲り、それでも尚暑そうに溜め息をついた。
「まぁ・・・この時期だしな。上着はあるんだろ?」
「一応、ありますけど」
明日の朝から行われる会議は、施主と地場ゼネコンの担当者を含めた設計会議。
初顔合わせとあって、あまり心証を悪くしたくもない。
相手にガッチリ着こまれて、こっちが二人とも軽装と言う事態は、流石に避けたかった。
「俺、持って来てるから。お前は良いよ」
そう笑った俺に、彼は何故か訝しげな顔をする。
「何でですか?」
「何でって」
「浅井さんがするなら、オレもしないとまずくないですか?」
「いや、別に俺と一緒じゃなくても良いだろ?」
そもそも、無くて良いかと聞いて来たのはお前じゃないか。
拗ねた様な口をきく後輩に対する違和感を引き摺りながら、モノレールは空港へ近づいていく。

何となく早歩きで搭乗口へ向かう。
既に搭乗手続きは始まっていて、チェックインを済ませ早々に機内に乗り込んだ。
飛行機なんて随分久しぶりかも知れない、と思考を巡らせてみると
半年前に、広島へ飛行機で行ったことを思い出した。
ああ、俺は遂に、記憶力まで衰えて来たんだろうか。

「浅井さん、福岡って行ったことあります?」
席に着いた豊嶋は、そんな質問を投げかけてくる。
それほど出張が多い訳でも無いこの仕事。
プライベートで旅行、と言う性質でも無い。
「いや、初めてかな」
そう答えた俺に、座席に身を沈めながら後輩は言った。
「オレ、これで2回目です。大学出たての頃に、学会が福岡であったんで」
「学会?」
俺も彼も違う大学ではあるけれど、建築学科の出。
けれど、俺はそう言うアカデミックな物とは無縁だった。
「あんなのね、自分の名前を論文に載せたい教授共の自己満足なんですよ」
幾分卑屈な感情を言葉に乗せたことに気が付いたのか、後輩はそう鼻で笑う。

「ホント、オレ、ずっと誰かの言いなりって感じ」
大学も、就職先も、他人の言葉に引き摺られた、作り物の意思。
だからと言って、現状に満足してない訳じゃ無い。
「でも、楽なんですよ。誰かの言うこと、聞いてるのって」
「お前は、それで良いのか?」
「抵抗するより、良いかな。意固地にならなくて良いし」
何かを諦めたような顔が、こちらに向けられる。
俺のどうでもいい話を真に受けるのも、そのせいなんだろうか。
真意を見せない若者に訝しさを感じながら、俺はシートに身を任せ、つかの間の休息を得る。


まだ明るい空の下、博多駅にほど近い繁華街は一足先に夜の雰囲気を見せていた。
ホテルにチェックインした俺たちは、夕飯を求めて街に出る。
「何か、食いたいものあるか?」
「何でも良いですよ」
「何でも、ってな・・・お前、女にそう言われてムカついたこととか無いの?」
「無いですけど?」
ああ、顔の良い男は女の扱いにも長けてるもんなんだな。
しかめっ面で溜め息をつく俺を見て、後輩は不満げな声を上げる。
「じゃあ、何て言ったら良いんですか?」
「そんなの、自分で考えれば良いだろ」
「浅井さんの食べたいものが食べたい、それじゃ、ダメなんですか?」
「お前、他の意見に流され過ぎなんだよ」
つまらないイライラが、つい余計な言葉を吐き出させる。
「楽なのは分かるけど、流されっ放しになってると、いつか、限界来るぞ?」

そう言うことじゃない、相手に、特に年下に気を遣わせるのが嫌なんだよ。
そんなことを言ったところで、後輩の気持ちが変わる訳でも無い。
むしろ、もっと頑なに意識してしまうようになるだろう。
何処かしら寂しげな表情を覗かせる若者を連れ、結局、ホテル近くの居酒屋に入る。

半個室になった空間の入り口には、足元しか見えない程長い暖簾が掛けられていた。
椅子に座ったところで、急に空腹感が襲う。
思い返すと、昨日の夜から腹に入れた物と言えば
打ち合わせの最中出されたお茶と、飛行機で出されたコーヒーだけ。
メニューに並ぶ珍しげな名前に目移りする間もなく、欲求が先走った。

□ 58_覚醒★ □
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ピカレスクの魅力

21日の日経夕刊に「幻滅と魅力 紙一重」という山田/詠美さんの新作『ジェントル/マン』の記事が出ていました。前日に、幻滅と可愛さの事をコメントしたばかりだったので、興味深く思いました。
大型書店で平積みされていたのを購入して、一気読み。
帯の文面が凄く煽ってます。

ぼくの愛したその男、罪人につき。
と、大きく書かれています!

黒いカバーを外すと、赤い本体。スタン/ダールの『赤と/黒』を思わず連想。
ピカレスク(悪漢小説)なんだろうけれど、帯の煽りを読めば結末の惨劇は想定内。でも、動機が胸に迫りますね。哀れです。まだ、息苦しいわ(苦笑)。

あなたの小説にも、そういう一筋縄で無いネイティブな魅力があって、ただ甘いだけの話じゃないですよね。それが、私には堪らなく魅力的に思えます。

幸せは代償無しに手に入らない。

最近話題に上っている本ですね。
レビューを少し読んでみて、帰省のお供に…と考えたのですが
自分の文章に大きく影響して来てしまいそうなので、堪えておきます。

人は誰でも幸せを何処かで求めているものだと信じています。
けれど、歳を重ねるにつれ、その幸せには必ず何らかの代償が必要であることも
身に沁みて分かる様になって来ました。
創作なんだから、ストレートな大団円をと言う気持ちは無いでも無いのですが
やっぱり一握りの不安を漂わせておきたいと、つい思ってしまいます。

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Information

まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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