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感謝★(2/8)

大きめの窓の向こうに、爽やかな山の風景が流れていく。
もう見飽きたものだと思っていたのに、やけに目新しく感じるのは何故だろう。
「仕事は、もう慣れたのか?」
隣に座る加賀谷は、車内で買ったリンゴジュースを飲みながら訊ねてくる。
「ああ、まぁ・・・生活のサイクルに、やっと身体がついて来たって感じかな」
「いろんな客がいるんだろ?」
「そりゃもう、話題には事欠かないな」

タクシーの運転手になってから、もうすぐ2年。
毎晩着飾って勤務先に赴くホステス、乗る度にチップと言って万札を投げて寄越すヤクザ。
去年の年末辺りは、夜間作業明けのサラリーマンに毎晩呼ばれていた。
「夜中心で走ってんの?」
「だな。競争率は高いけど、固定客も付きやすいし」
都会の夜景が目に浮かぶ。
酔っ払いに絡まれることもある、言いがかりをつけられることもある。
それでも、俺はそこで生きて行かなきゃならない。
不意に車内に差し込んでくる陽の光が、そんな嫌な現実までも和らげてくれる様だった。

***********************************

ある夜の南浦和駅。
連絡を受けたにも拘らず、それらしき女の子の姿は無かった。
予定の時刻よりも5分過ぎ、相手の携帯に連絡しようと電話を取り出した時、後部座席のドアが開く。
「すんません、ちょっと電車遅れて」
悪びれもせず乗り込んでくる、若い男。
意味が分からず混乱する俺に、彼は自分の携帯を差し出して、行き先を示す。
「この、インターんとこの、ラブホまでね」

彼らの仕事について、俺は一切のことを聞かない。
別に決められている訳ではないけれど、話しかけられない限りは口を開かないようにしている。
相手のことを酷く罵倒し続ける子もいれば、延々と泣き続ける子もいる。
そんな女にほだされて、逃避行よろしく二人で逃げたというドライバーが過去にもいたが
商品に手を出した従業員を雇い主が許すはずが無く、その末路を何度と無く聞かされてきた。
感情移入しない為の自衛手段、それが、この重苦しい沈黙の時間だ。

バックミラーに映る男の顔は、何処と無く緊張を表している。
こうやって同性を送り届けるのは初めてで、それだけに、自分の身に置き換えて考えるのは容易い。
相手の女は、どんな人間なのだろう。
性欲を満たす為だけに、男を買う。
男だって同じことをしている、そう思っても、素直に受け取れない。
ボリュームを絞ったラジオが流れる中、目的のホテルのネオンがフロントガラスにちらつき始める。

「迎えに来てくれんのも、お兄さん?」
停車した車の中で、彼はそう聞いて来た。
「今日はこの辺回るから、多分、そうかな」
「そ、分かった。じゃ、また後で」
小さく溜め息をつき、男は車を降りる。
建物に向かって歩く途中、彼は不意に振り向き、俺に視線を投げた。
もしかしたら、彼は、初めてなのかも知れない。
若い彼がこんなことをしているのは、どうしてなんだろう。
意味の無いことを考えている内に、男の姿はホテルの中へ消えていった。


今日は皆、財布の紐が固いみたいだ。
コンビニの駐車場で時間を潰しながら、煙草に火を点ける。
ポツリポツリと雨が降って来て、少し肌寒い。
眠気を飛ばすように背伸びをしたところで、待っていた連絡が入る。
時間は既に朝4時過ぎ。
彼を拾って、送り届けたら、今日の仕事は終わり。
そう思うと、不思議と睡魔も飛んでいく。

コンビニからホテルまでは10分程度だった。
その間、彼は外で待っていたのだろうか。
濡れた髪と服を気にするでもなく、車に乗り、シートに身を預ける。
少しエアコンを強くして、ギアに手をかけた。
「南浦和までで良いの?」
「お兄さん、今日は、もう仕事終わり?」
俺の問に、彼は質問で返す。
「ん・・・ああ、そうだけど」
「じゃあさ、1、2時間、車でどっか回ってよ」
雨が叩きつける窓越しに外を眺めながら、彼はそう呟いた。
「そしたら、電車で帰るから」

近くのインターから外環道に入った。
微睡む街を反時計回りに南下しながら、雨も上がり、明けて行く空に向かって走る。
「海の方、行ってみる?」
当て所の無いドライブ。
適当な俺の提案に、彼は頷いて、一言漏らす。
「そのまま、どっか遠くに、行ければなぁ」

有明で高速を降り、埠頭の突端でぼんやり早朝の海を眺める。
会話は無い。
ミラーに映る彼は、座席に足を乗せ、立てた膝に肘をついて外を見ていた。
窓を開けて、煙草に火を点ける。
流れていく煙が、白む空と同化して、すぐに行方が分からなくなった。
不意にヘッドレストに手がかかり、彼の身体が前の座席に乗り出してくる。
「オレにも、吸わせて」
彼の手が、煙草を持つ俺の手を掴み、自らの口元に近づける。
そのまま大きく吸い込んで、ゆっくりと煙を吹き出した。
すぐそこに迫った顔が、気分を揺らがせる。
男は俺の手を取ったまま、何も言わず、俺の頬に唇を寄せた。

□ 50_感謝★ □
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網膜に焼き付く場面

有明の埠頭での車中の煙草のシーンが、まるで映画を観ているように目に浮かんで来たので、繰り返し読んで網膜に焼き付けました。印象的な場面です。
なんて上手な文章なんでしょう!

趣味とは言えども。

風景が脳裏に浮かぶような表現の難しさに悶える毎日。
趣味で書いている文章と言えども、そのようなお言葉を頂けるのは本当に嬉しいです。
ご期待に沿えるよう、精進して行きたいと思います。
Information

まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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