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表裏-功-(4/4)

糸が切れたように、彼の身体が道路に沈み込み、壁に寄りかかる。
俯いた顔が前髪で隠れ、大きく震える唇が隙間から覗いた。
やっぱり、連れてくるんじゃなかった。
彼の為にも、俺の為にも。

目の前で、再び絶望に苛まれる後輩には、声をかけることすら残酷な行為に思える。
それでも、好奇心と不憫の念が頭の中をせめぎ合う。
あの言い方、間違いなく、俺が伝え聞いている理由とは違うものが裏にある。
そして、新しい、彼氏?
軽く混乱した頭をなだめるように、小さく溜め息をついた。

車道を行きかう車を目で追う時間は、どれくらい続いたのだろうか。
「矢作さん」
か細い声だった。
「何?」
「お時間、少し、良いですか」
「別に・・・構わないけど」
相変わらず俯いたままの京極君は、息を吐き出しながら、言葉を発する。
「他人に話されるくらいなら・・・自分で、話します。どうして、僕が、ここを辞めたのか」


通りから入ったところにある小さな公園。
冬の気配を見せ始めた風が、暗がりの中を駆けて行く。
小さなベンチに座った俺の隣に、少し遅れて彼が腰掛ける。
微かに伝わってくる彼の揺らぐ息遣いが、その緊張度合いを示していた。

聞いてから、聞くべきじゃなかったと思っても、遅すぎる。
この事実を知らなかったら、どんなに良かったのかを想像することも出来なかった。

男との売春行為。
父親ほどの年齢の男との蜜月。
やってもいない横領行為への嫌疑。
使い捨てられるように追い出された会社。
癒しを求め嵌り込んだ快楽。
絶望の果ての自殺未遂。

全てが、この1年半の間に起こったこと。
大学を出て、中堅のサブコンに入って、念願だった設計の部署に配属されて。
そんな順調だった人生に現れた歪み。
「腕を引っ張られた時、思ったんです。オレは、死ぬことすら、出来ないのかって」
唇を噛みながら、時に間を置きながら、彼は淡々と話を続けた。

戸惑いの表情はなるべく見せたくなかったけれど、それは難しかった。
俺の日常とはかけ離れた、彼の人生。
まるで、すぐ隣の存在すら幻なんじゃないかと思わせるほど、虚構のような現実。
急に怖くなる。
折角灯った命の炎。
このまま見放せば、彼は再び光に飛び込もうとするだろう。

前屈みで座る膝の上に組まれた、彼の手。
その上に、自分の手を添えた。
風に晒された肌はすっかり冷たくなっていて、体温が吸い取られていくようだった。
「俺のこと・・・助けたこと、恨んでる?」
こちらを向いた眼の潤みが、街灯の明かりに強調されている。
「そんなことは・・・ありません。でも」
目を伏せた彼の表情に、苦悶が浮かぶ。
「生きて行かなきゃならない理由が、分からない」
俺は、彼を助けたつもりだった。
けれど、それは、彼の苦痛を引き伸ばしているだけなんだろうか。
あの時、背中を押すことが、本当に彼にとっての救いだったんだろうか。
「俺は、どうすれば・・・君を、救えるの?」
俯いた彼の頭が、左右に揺れる。
こんなの、遣り切れない。


数回点滅を繰り返した街灯の光が、周りの景色から色彩を奪う。
時ならぬ吹いて来た寒風が、身体を震わせる。
不意に動いた彼の手の気配に、思わず声が出た。
「ダメだ」
手を離さないまま、逆の腕を正面から彼の肩に回し、抱き締める。
「行かないでくれ」
コートを通しても尚感じる、体温と鼓動。
耳元に感じる薄い吐息。
離せない、離したくない。
このまま、時が止まってしまえば良いのに。

「どうして」
彼の熱が身体に染みてくる頃。
微かな囁きが、耳に届く。
「どうして、そんなに、僕に関わろうとするんですか」
「・・・生きてて、欲しいから」
彼との間に空いた少しの隙間すら、不安を掻き立てる。
無意識の内に、腕に力が入った。
「君が、ここにいてくれれば、俺が救われる」
彼の腕が、俺の腰の辺りを静かに回る。
深い溜め息が肩を滑り、冷えた耳を温めた。
「・・・それが、生きていく、理由?」


川から吹いて来る風が、ホームを抜けていく。
「今日は、ちょっと暖かいですね」
「コート着てると、軽く汗かくくらいだもんなぁ」
長年過ごした街を離れて1ヶ月。
闇の向こうに流れる江戸川を想像することも、すっかり容易くなった。

『まもなく特急電車が通過します。白線の内側までお下がり下さい』
半歩後ろを歩く彼の手が、そっと俺の手に触れる。
その手を握りながら振り返ると、白い光を背に受けた笑顔が、真っ直ぐに俺の方を向いていた。
近づいてくる轟音の中で、彼の唇が問いかける。
ヘッドライトを浴びる俺の顔も、きっと、同じような笑顔だったと思う。
「・・・もちろん、いつでも、君のそばにいる」

□ 44_表裏-罪-★ □
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□ 45_表裏-功- □
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テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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