Blog TOP


充足★(5/7)

生乾きの万札を乱暴に奪い、女は部屋を出て行った。
勝手に疼かされた身体を放棄されたのが、よっぽど気に入らなかったのだろう。
性欲が無くなった訳じゃ無い。
身体の痛みさえなければ、彼女とのセックスも拒むつもりは無かった。
どうして勃たないのか、自分でも分からない。

下品な妄想は、不得意じゃない。
試しに、さっきの女のことを考えてみても、ある程度興奮はしてくる。
けれど、何かが欠けてしまって、その隙間が埋まらない。
不意に、雨の中で受けた辱めが頭を過ぎる。
全身を覆った、未体験の感覚。
死への恐怖の中で味わわされた快感。
あれ以上のものを、身体が欲してしまっているのだろうか。

越智さんの薄気味悪い笑みが枷をかけたのは、心だけでは無かったのかも知れない。
自分の首を撫で、軽く圧迫してみる。
すぐに息苦しさがやってきて、恐怖心から手を離した。
それなのに、余白を塗りつぶすような、妙な満足感が残る。
外からは、まだ激しい雨音が聞こえている。
悶々とした身体と心を抱えながら、俺はベッドに潜り込んだ。


「すみません、ちょっと風邪引いちゃったみたいで」
早朝、タクシーの中。
親方に、そんな理由で休みを申し入れる。
「お前、体力だけが取り柄だろ?」
まだ乾ききらない作業服に違和感を感じながら、嘘を悟られないように、電話を続ける。
「ちょっと前からダルさはあったんですが・・・」
「仕方ねぇな・・・他の奴にうつされても困るし」
「ホントに、すみません。明日までには治します」
まぁ、無理するな、そう言って笑ってくれる声に安心した直後。
「そう言えば、お前、昨日のことは聞いたか?」
電話を落としそうになるくらい、腕の力が抜けた。

「え・・・何の、こと、ですか?」
動揺するなと言うのは、無理な話だ。
越智さん?武井さんたち?
どちらにしても、他人に喋る事が出来る話じゃない。
「組が、単価下げるって話をしてるんだよ」
急に安堵が襲うけれど、想像が杞憂に終わっても、鼓動は静まらなかった。
「そんな、いきなり、ですか」
「皆には話しておいたんだけど。お前、片づけでいなかっただろ?」
「・・・聞いてない、です」
「連中、相当おかんむりだったからな。ヤケ酒でも浴びなきゃ良いと思ってるんだが」
越智さんに刃が向けられた原因を、悟る。
豪快に笑う親方に、得も言われぬ罪悪感が募った。
「どうでしょう・・・俺が戻った時には・・・もう、誰もいませんでしたから」
「そういや、オレが帰る時、越智君が会社に戻って交渉してくるって話をしてたよ」
「何を・・・?」
「下げ幅を出来るだけ抑えたいってさ」
さほどの期待もしていないような、声だった。
「ま、お手並み拝見って、とこだな」
若手の彼に、本社との賃金交渉が上手く出来るとは思えない。
ただ、恩を仇で返された格好になった彼の心情を考えると、居た堪れなかった。


自分のアパートに戻ると、ホッとしたからだろうか、軋む痛みが全身を包む。
昨日とは打って変わった晴天の空が、眩しかった。
ベッドに座り、外をぼんやり眺めていると、まるで昨日のことが夢のように感じられた。
夜中にうなされ、何度も起きてしまったせいか、眠気が酷い。
もしかしたら、本当に風邪を引いたのかも知れない。
そのまま、倒れるように横になると、瞬く間に眠りに落ちた。

目を覚ますと、まだ陽は高かった。
携帯を見ると不在着信が1件。
現場事務所からだった。
俺がいなきゃ進まないような作業は無いはずだ。
用件の見当が付かないまま、折り返しの電話を入れる。

「お疲れ様です。朝倉ですけど・・・」
電話口に出たのは、派遣事務の女の子だった。
体調の件で一言二言交わした後、電話がかかってきた件を伝える。
替わりに出たのは、越智さんだった。
「親方から、病欠だって聞いたんで。大丈夫かと思って、お電話したんです」
休む理由くらい見当が付いているだろうに、何でもなかったように白々しい言葉を吐ける。
彼の闇に、寒気がした。
「・・・ええ、大丈夫です・・・明日には、出ますんで」
「そうですか」
瞬間、その口調のスイッチが、切り替わったようだった。
「逃げたのかと、思ったよ」
「な・・・」
口ごもる俺を嘲笑うかのように、彼は言い捨てる。
「どーぞ、お大事に」

□ 26_充足★ □   
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■   ■ 4 ■   ■ 5 ■   ■ 6 ■   ■ 7 ■
>>> 小説一覧 <<<

コメント

非公開コメント

可愛さ余って…

可愛さ余って憎さ百倍。
うなじに噛み跡を付けられた事で、一回ポッキリの関係で終わらない気がしました。
登場人物の名前が何処にでもいそうな名前だからこそ、リアルに感じられますね。
ちなみに、「朝倉」は息子が小学生の時の同級生の名字だし、「越智」は夫の中高の友人。毎年、年賀状で見る名前。必ず、手書きで近況が書いてあるわ。

悩みどころ。

登場人物の名前は、一番の悩みどころです。
突拍子の無いものを避けつつ、過去の話と被らないように
毎回、ネット上のデータベースから選んでいます。
字面からのイメージもあるので、書き終わった後に苗字を変える場合もあり
今回の登場人物である "越智" も、そのパターンの一つです。
元の苗字は・・・何だったか、もう忘れてしまいましたが。
Information

まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

*** Link Free ***



>> 避難所@livedoor
Novels List
※★が付く小説はR18となります。

>>更新履歴・小説一覧<<

New Entries
Ranking / Link
FC2 Blog Ranking

にほんブログ村[BL・GL・TL]

駄文同盟

Open Sesame![R18]

B-LOVERs★LINK

SindBad Bookmarks[R18]

GAY ART NAVIGATION[R18]

[Special Thanks]

使える写真ギャラリーSothei

仙臺写眞館

Comments
Search
QR Code
QR